僕には、どうしても、娘は死んでいるとしか思えない

僕には、どうしても、娘は死んでいるとしか思えない。

脳死は人の死ではないと主張する人は多い。
そういう人たちは、心臓は動いているし、まだ暖かい、体の細胞は恒常を保つために生きようとしている、とか言う。
ネットで検索すると、「脳死は人の死ではない」という記事ばっかりヒットする。
そういう人たちは、自分の子が脳死になったことなんて無いのに、脳死の子供を介護したことも無いくせに、主張ばかりしているように見える。

でもね、娘は、脳幹がやられていて、体温調節ができなくて、暖めているから暖かいのであって、電気毛布で体温調節しなければ、すぐに低体温になる。菌に感染しても、発熱もしない。

尿の調節もできないから、ホルモンを投与して、尿が出過ぎないようにしている。(ほっとくと尿崩症ということになって、尿が出すぎてすぐに個体死に至る)

もちろん、呼吸も呼吸器がしている。

動かないし、脳の血流も認められない。目をさまして意思疎通することなんて二度と無い。

僕は、今娘にやっていることに意味を見出すことができないんです。将来の展望が無いのに、肉体だけ保存している事に。

「それでも、わが子は生きている」、なんていう人がいるけれど、そういう人はそう思っていて結構。

それぞれの症状は違うし、考え方も違う。まだベビーだったら、僕も違う考えになっていたかもしれない。

ある日、ある瞬間に突然意識をなくした10歳(当時)の娘。
死んでいるのに、喪の作業もできていない僕は、宙ぶらりんのまま、心の整理がつかないままなんです。

では

コメント

このブログの人気の投稿

長期脳死

仕事を休んでいます

今日は授業参観